比較せずに「見習う」ことで生きる力へ転化する

　私が教師になりたての頃、クラスの保護者からチケットをいただき、鹿児島市内の谷山地区の音楽ホールで「ピアノとバイオリン」の演奏会を聴きに行ったことがある。開始時刻は18時頃だったと記憶している。私は幸いにも前列の席に座ることができた。ピアノの演奏に酔いしれた。ピアニストの指先の動きに見とれた。3人のピアニストが登壇し、素晴らしい演奏を聴かせてくれた。心の疲れが癒されるような想いがした。

 

　その後、２人のバイオリニストが紹介された。一人は健常者で数々の国際コンテストで受賞するほどの腕前のバイオリニストだった。もう一人は、まだ２０代の女性だった。彼女は、盲目の障害者でありながら国際障害者バイオリンコンテストで課題曲と自由曲の両部門で銀賞をもらうほどの実力者だった。
　

　健常者のバイオリン演奏が始まった。バイオリンの音色は人間の脳波に特にいいといわれている、認知心理学や脳科学の共同研究によって明らかにされたことだが、人間の脳波を落ちついた脳波のα（アルファ）波にするのである。生徒指導で疲れていた私は、その音色で大失敗をしたのである。つまり、バイオリンの音色で完全に寝入ってしまったのである。

 

　その後、途中休息が入ったから助かった。周囲の人々の声に目が覚めたからである。私はすぐに手洗いに行き席に座った。今度こそは、聴き逃さないという心構えで演奏に聞き入った。

 

　第二演奏者は、盲目のバイオリニストだった。盲目の障害者でありながら国際障害者バイオリンコンテストで課題曲と自由曲の両部門で銀賞をもらうほどの実力者のバイオリンの音色に強い関心を抱いた。見事であった。

私の心の奥に響いてきた。聴きながらその旋律の美しさとバイオリンの強弱の巧みさに聴き惚れてしまった。理由は分からないのだが涙が溢れて止まらなかった。

 

　盲目の障害者である彼女の演奏が終わると、スタンディングオベーションが起きた。５分ほど拍手が鳴りやまなかった。それほど見事な演奏だった。

　彼女はスタンディングオベーションに対し、何度もお辞儀をしていた。そして、幕は閉じた。

 

　観衆が音楽ホールを去るときに、私は次の言葉を聴き逃さなかった。

 

「目が見えないのにすごいよね。凄い努力をしたんだろうね。私もがんばらなくっちゃ。」と声に出すＯＬらしき女性。

 

「目の見えない障害者があれだけ頑張れるのだから、お父さんもお前も頑張らなきゃな。」と我が子へ伝える父親。

 

「俺なんかまだまだだな、彼女に負けないようにプロジェクトを成功させるぞ。」と声に出すサラリーマン。

 

　私には、彼らの発した言葉が脳裏に強く残った。自宅へ帰り、ひとしきり明日の教材研究を済ませて布団に入った私の頭にはある違和感が浮かんできた。

 

　われわれは、障害者の努力と成果に向き合う際に「こうした厳しい障害のある人たちに比べれば・・・」と「比較」して自分を奮い立たせてはいないだろうか。コンサート会場を去るときに聴いた言葉は、まさに「こうした厳しい障害のある人たちに比べれば・・・」と「比較」して自分を奮い立たせていた言葉ばかりであった。

 

しかし、それは「比較」すべきものではないと私は思う。それがどんな領域であれ、その人がどんな年齢であれ、ただひたすらその人の生き様を「見習う」ことこそを自分たちの生きる力に転化していきたいと思った。

 

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【写真画像出典：https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3